右舷《うげん》に取《と》れば、彼方《かなた》海蛇丸《かいだまる》も左舷《さげん》の紅燈《こうとう》隱《かく》れて鍼路《しんろ》を右《みぎ》に取《と》り、此方《こなた》短聲《たんせい》二發《にぱつ》鍼路《しんろ》を左舷《さげん》に廻《めぐ》らせば、彼方《かなた》も亦《ま》た左舷《さげん》の紅燈《こうとう》現《あら》はれて鍼路《しんろ》を左《ひだり》に取《と》る。最早《もはや》疑《うたが》ふ事《こと》は出來《でき》ぬ、海蛇丸《かいだまる》は今《いま》や立浪《たつなみ》跳《をど》つて海水《かいすい》淺《あさ》き、此《この》海上《かいじやう》で我《わ》が弦月丸《げんげつまる》を一撃《いちげき》の下《もと》に撃沈《げきちん》せんと企圖《くわだ》てゝ居《を》るのだ。
『衝突《しようとつ》だ! 衝突《しようとつ》だ! 衝突《しようとつ》だ!』と百數十《ひやくすふじふ》の船員等《せんゐんら》は夢中《むちう》になつて甲板上《かんぱんじやう》を狂奔《きやうほん》した。
此時《このとき》既《すで》に本船《ほんせん》を去《さ》る海蛇丸《かいだまる》の距離《きより》は僅《わず》かに二|百《ひやく》二三十|米突《メートル》以内《いない》※[#感嘆符三つ、100−10]
一等運轉手《チーフメート》と船長《せんちやう》とは血眼《ちまなこ》になつて一度《いちど》に叫《さけ》んだ
『全速力《ぜんそくりよく》後退《こうたい》! 後退《こうたい》! 後退《こうたい》!』
同時《どうじ》に※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]角《きかく》短聲《たんせい》三發《さんぱつ》、蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の響《ひゞき》ハッタと更《あらた》まつて、逆《ぎやく》に廻旋《くわいせん》する推進螺旋《スクルー》の邊《ほとり》、泡立《あはだ》つ波《なみ》は飛雪《ふゞき》の如《ごと》く、本船《ほんせん》忽《たちま》ち二十|米突《メートル》――三十|米突《メートル》も後退《こうたい》したと思《おも》つたが、此時《このとき》すでに遲《おそ》かつた、今《いま》や我《わ》が弦月丸《げんげつまる》の側面前方《そくめんぜんぱう》、約《やく》百|米突《メートル》以内《いない》に接迫《せつぱく》し來《きた》つた海蛇丸《かいだまる》は、忽然《こつぜん》[#ルビの「こつぜん」は底本では「こぜん」
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