し》の速《はや》い事《こと》は――』と右手《ゆんで》の時辰器《じしんき》を船燈《せんとう》の光《ひかり》に照《てら》して打眺《うちなが》めつゝ、眤《じつ》と考《かんが》へて居《を》るのは本船《ほんせん》の一等運轉手《チーフメート》である。つゞいて
『何會社《どこ》の※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《ふね》だらう。』
『商船《しようせん》だらうか、郵便船《ゆうびんせん》だらうか。』
『いや、軍艦《ぐんかん》に相違《さうゐ》ない。』
『軍艦《ぐんかん》にしても、あんなに速《はや》い船脚《ふなあし》は新式《しんしき》巡洋艦《じゆんやうかん》か、水雷驅逐艦《すいらいくちくかん》の他《ほか》はあるまい。』と二|等《とう》運轉手《うんてんしゆ》、非番《ひばん》舵手《だしゆ》、水夫《すゐふ》、火夫《くわふ》、船丁《ボーイ》に至《いた》るまで、互《たがひ》に眼《め》と眼《め》を見合《みあは》せつゝ口々《くち/″\》に罵《のゝし》り騷《さは》いで居《を》る。彼等《かれら》の中《うち》には、先刻《せんこく》の不思議《ふしぎ》な信號《しんがう》を見《み》た者《もの》もあらう、また見《み》ぬ者《もの》もあらう。
怪《あやし》の船《ふね》は遂《つひ》に我《わ》が弦月丸《げんげつまる》と雁行《がんかう》になつた。船橋《せんけう》の船長《せんちやう》は右顧左顧《うこさこ》、頻《しき》りに心安《こゝろやす》からず見《み》えた。我《わ》が一等運轉手《チーフメート》は急《いそが》はしく後部甲板《こうぶかんぱん》に走《はし》つたが、忽《たちま》ち一令《いちれい》を掛《か》けると、一個《いつこ》の信號水夫《しんがうすゐふ》は、右手《ゆんで》に高《たか》く白色球燈《はくしよくきうとう》を掲《かゝ》げて、左舷船尾《さげんせんび》の「デツキ」に立《た》つた。之《こ》れは海上法《かいじやうほふ》に從《したが》つて、船《ふね》の將《まさ》に他船《たせん》に追越《おひこ》されんとする時《とき》に表示《へうし》する夜間信號《やかんしんがう》である。然《しか》るに彼方《かなた》怪《あやし》の船《ふね》は敢《あへ》て此《この》信號《しんがう》には應答《こた》へんともせず、忽《たちま》ち見《み》る其《その》甲板《かんぱん》からは、一導《いちだう》の探海電燈《サーチライト》の光《ひかり》閃々《せん/\》と天空《
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