《べんり》の宜《よ》かつた爲《ため》ではあるまいか、本船《ほんせん》の愚昧《おろか》[#ルビの「おろか」は底本では「おろな」]なる船長《せんちやう》は『船幽靈《ふないうれい》めが、難破船《なんぱせん》の眞似《まね》なんかして、此《この》船《ふね》を暗礁《あんせう》へでも誘引《おび》き寄《よ》せやうとかゝつて居《を》るのだな。』と延氣《のんき》な事《こと》を言《い》つて居《を》つたが、其實《そのじつ》船幽靈《ふないうれい》ならぬ海賊船《かいぞくせん》が、あの邊《へん》の暗礁《あんせう》へ我《わが》船《ふね》を誘引《おび》き寄《よ》せやうと企圖《くわだ》て居《を》つたのかも知《し》れぬ。偶然《ぐうぜん》にも我《わ》が弦月丸《げんげつまる》は斯《かゝ》る信號《しんがう》には頓着《とんちやく》なく、ずん/″\と其《その》進航《しんかう》を續《つゞ》けた爲《た》め、策略《はかりごと》破《やぶ》れた海賊船《かいぞくせん》は、今《いま》や他《た》の手段《しゆだん》を廻《めぐ》らしつゝ、頻《しき》りに我《わが》船《ふね》の後《あと》を追及《ついきふ》するのではあるまいか、不幸《ふこう》にして私《わたくし》の想像《さうざう》が誤《あやま》らなければ夫《それ》こそ大變《たいへん》、今《いま》本船《ほんせん》とかの奇怪《きくわい》なる船《ふね》との間《あひだ》は未《ま》だ一|海里《かいり》以上《いじやう》は確《たしか》に距《へだゝ》つて居《を》るが、あの燈光《ともしび》のだん/\と明亮《あかる》くなる工合《ぐあひ》で見《み》ても、其《その》船脚《ふなあし》の悽《すざ》まじく速《はや》い事《こと》が分《わか》るから、頓《やが》て本船《ほんせん》に切迫《せつぱく》するのも十|分《ぷん》か十五|分《ふん》の後《のち》であらう。あゝ、海賊船《かいぞくせん》か、海賊船《かいぞくせん》か、若《も》しもあの船《ふね》が世界《せかい》に名高《なだか》き印度洋《インドやう》の海賊船《かいぞくせん》ならば、其《その》船《ふね》に睨《にら》まれたる我《わが》弦月丸《げんげつまる》の運命《うんめい》は最早《もはや》是迄《これまで》である。たとへ我《わが》船《ふね》が全檣《ぜんしやう》に帆《ほ》を張《は》り蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の破裂《はれつ》するまで石炭《せきた
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