7]《ばか》なッ。」と私《わたくし》は單獨《ひとり》で叫《さけ》んで見《み》た。強《し》いて斯《かゝ》る妄念《まうねん》を打消《うちけ》さんとて態《わざ》と大手《おほて》を振《ふ》つて甲板《かんぱん》を歩《あゆ》み出《だ》した。前檣《ぜんしやう》と後檣《こうしやう》との間《あひだ》を四五|回《くわい》も往復《わうふく》する内《うち》に其《その》惡感《あくかん》も次第《しだい》/\に薄《うす》らいで來《き》たので、最早《もはや》船室《ケビン》に歸《かへ》つて睡眠《すいみん》せんと、歩《あゆ》む足《あし》は今《いま》や昇降口《しようかうぐち》を一|段《だん》降《くだ》つた時《とき》、私《わたくし》は不意《ふい》に一|種《しゆ》異樣《ゐやう》の響《ひゞき》を聽《き》いた。
響《ひゞき》は遙《はる》かの海上《かいじやう》に當《あた》つて、極《きは》めて微《かす》かに――實《じつ》に審《いぶ》かしきまで微《かすか》ではあるが、たしかに砲《ほう》又《また》は爆裂《ばくれつ》發火《はつくは》信號《しんがう》の響《ひゞき》※[#感嘆符三つ、75−1]
私《わたくし》はふい[#「ふい」に傍点]と頭《かうべ》を左方《さはう》に廻《めぐ》らしたが、忽《たちま》ち『キヤツ』と叫《さけ》んで再《ふたゝ》び甲板《かんぱん》に跳出《をどりで》た。今迄《いまゝで》は少《すこ》しも心付《こゝろづ》かなかつたが、唯《たゞ》見《み》る、我《わが》弦月丸《げんげつまる》の左舷船尾《さげんせんび》の方向《はうかう》二三|海里《かいり》距《へだゝ》つた海上《かいじやう》に當《あた》つて、また一|度《ど》微《かすか》な砲聲《ほうせい》の響《ひゞき》と共《とも》に、タール桶《おけ》、油樽等《あぶらだるとう》を燃燒《もや》すにやあらん、※[#「火+稲のつくり」、第4水準2−79−87]々《えん/\》たる猛火《まうくわ》海《うみ》を照《てら》して、同時《どうじ》に星火《せいくわ》を發《はつ》する榴彈《りうだん》二|發《はつ》三|發《ぱつ》空《くう》に飛《と》び、つゞいて流星《りうせい》の如《ごと》き火箭《くわせん》は一|次《じ》一|發《ぱつ》右方《うはう》左方《さはう》に流《なが》れた。
私《わたくし》は實《じつ》に驚愕《おどろ》いたよ。
此邊《このへん》は印度洋《インドやう》の眞中《たゞなか》で、眼界《がんかい》の
前へ 次へ
全302ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング