たくし》がこれ迄《まで》の漫遊中《まんゆうちう》の失策談《しつさくばなし》などを語《かた》つて聽《き》かせて、相變《あひかは》らず夜《よ》を更《ふ》かしたので、夫人《ふじん》と少年《せうねん》をば其《その》船室《ケビン》に送《おく》り込《こ》み、明朝《めうてう》を約《やく》して其處《そこ》を去《さ》つた。
印度洋《インドやう》中《ちう》の氣※[#「候」の「ユ」に代えて「工」、72−6]《きかう》程《ほど》變化《へんくわ》の激《はげ》しいものはない、今《いま》は五|月《ぐわつ》の中旬《ちうじゆん》、凉《すゞ》しい時《とき》は實《じつ》に心地《こゝち》よき程《ほど》凉《すゞ》しいが、暑《あつ》い時《とき》は日本《につぽん》の暑中《しよちう》よりも一|層《そう》暑《あつ》いのである。殊《こと》に今宵《こよひ》は密雲《みつうん》厚《あつ》く天《てん》を蔽《おほ》ひ、四|邊《へん》の空氣《くうき》は變《へん》に重々《おも/\》しく、丁度《ちやうど》釜中《ふちう》にあつて蒸《む》されるやうに感《かん》じたので、此儘《このまゝ》船室《ケビン》に歸《かへ》つたとて、迚《とて》も安眠《あんみん》は出來《でき》まいと考《かんが》へたので、喫煙室《スモーキングルーム》に行《ゆ》かんか、其處《そこ》も暑《あつ》し、寧《むし》ろ好奇《ものずき》ではあるが暗夜《あんや》の甲板《かんぱん》に出《い》でゝ、暫時《しばし》新鮮《しんせん》の風《かぜ》に吹《ふ》かれんと私《わたくし》は唯《たゞ》一人《ひとり》で後部甲板《こうぶかんぱん》に出《で》た。此時《このとき》時計《とけい》の針《はり》は既《すで》に十一|時《じ》を廻《めぐ》つて居《を》つたので、廣漠《くわうばく》たる甲板《かんぱん》の上《うへ》には、當番《たうばん》水夫《すゐふ》の他《ほか》は一|個《こ》の人影《ひとかげ》も無《な》かつた、船《ふね》は今《いま》、右舷《うげん》左舷《さげん》に印度洋《インドやう》の狂瀾《きやうらん》怒濤《どたう》を分《わ》けて北緯《ほくゐ》十|度《ど》の邊《へん》を進航《しんかう》して居《を》るのである。ネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]港《かう》を出《い》づる時《とき》には笑《え》めるが如《ごと》き月《つき》の光《ひかり》は鮮明《あざやか》に此《この》甲板《かんぱん》を照《てら》して居《を》つたが、今《
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