》した。やがて羽《はね》を整《ととの》へて、頭《あたま》を高《たか》くあげた。だんだんと下界《した》を離《はな》れる。もう千メートルだ。二|羽《は》の鴉《からす》はそこで初《はじ》めて口《くち》をきいた。
『おい、ペンペ、下界《した》を見《み》ろ。すばらしい景色《けしき》じやないか。お前《まへ》なんぞこゝらまで飛《と》んで来《き》たこともあるまい。』
『もちろん僕《ぼく》は初《はじ》めてだ。こんなに飛《と》べるとは思《おも》はなかつたよ。愉快々々《ゆくわいゆくわい》。そりやさうと大分《だいぶん》寒《さむ》くなつて来《き》た。ラランよ、ヱヴェレストのてつぺんはまだ遠《とほ》いか。』
『ああまだ膝小僧《ひざこぞう》にもとゞいてないよ。さうさな、休《やす》みなしの直行《ちよくかう》で夕方《ゆふがた》までには着《つ》けるだらう。これからが大飛行《だいひこう》になるんだ。』
『うう寒《さむ》い寒《さむ》い』
ペンペは少《すこ》し首《くび》を縮《ちぢ》めた。二千メートルの雲《くも》の中《なか》だ。ペンペは息《いき》をはづませてゐる。
『ラランよ。この雲《くも》を出《で》てしまへば、もうすぐだらうな。』
『まだまだ。こんな雲《くも》はこの先《さき》いくらでもあるんだ。元気《げんき》を出《だ》せよ、元気《げんき》を。』
『腹《はら》が減《へ》つてきたんだ。ラランよ、何《なに》かたべるものはないか。』
『戯談《じやうだん》いふな。三千メートルのまつたゞ中《なか》だぞ。辛棒《しんぼう》しろ、気《き》の弱《よわ》いやつだ。』
もう下界《した》を見《み》ても、なにもかもわからないほどだ。初《はじ》めの元気《げんき》もどこへやら、ペンペは胸《むね》がドキドキする。フト気《き》がつくと、先《さき》に飛《と》んでゐるラランが何《なに》が旨味《うま》いものでもたべてゐるやうな音《おと》をたてゝ、喉《のど》を気持《きもち》よく鳴《なら》してゐる。ペンペはもう我慢《がまん》ができないで、
『ラランよ、たべるものがあるなら分《わ》けてくれ。ずゐぶん旨味《うま》さうな音《おと》だ。頼《たの》むよ。少《すこ》しでいいから。』
と、疲《つか》れてきた羽《はね》にバサバサと力《ちから》を罩《こ》めて、追《お》ひつかうとするけれど、ラランのやつはさつさと先《さき》へ飛《と》びながら、着《お》ち|つ《つ》いた[#「着《お》ち|つ《つ》いた」はママ]もので、
『おい、ペンペよ。いまごろ気《き》がついたか。おれも腹《はら》が減《へ》つてきたので、自分《じぶん》の眼玉《めだま》を片方《かたほう》抉《えぐ》りだして喰《く》つてるのだ。それにしばらくすると、また元《もと》どほりに眼玉《めだま》がちやんと出来《でき》てくるから奇妙《きめう》なものさ。』
そして格別《かくべつ》の味《あぢ》だと言《い》はんばかりに喉《のど》を鳴《な》らした。寒《さむ》さも寒《さむ》さだが、自分《じぶん》の眼玉《めだま》がたべられるなんて聞《き》いたので、思《おも》わずブルルッと身震《みぶる》ひしたペンペは、さつそく片方《かたほう》の眼玉《めだま》をたべてみた。なるほど旨味《うま》い。いくらか元気《げんき》も出《で》てきたので、ラランについて上《うえ》へ上《うえ》へと飛《と》んでゐた。すると間《ま》もなく先《さき》にゆくラランが前《まえ》のやうに喉《のど》を鳴《な》らしはじめた。ペンペは気《き》が気《き》でない。
『ラランよ、今度《こんど》は何《なに》をたべてるのか。少《すこ》しでいいから分《わ》けてくれよ。腹《はら》が減《へ》つて僕《ぼく》はもう目《め》が廻《まは》[#ルビの「まは」は底本では「まほ」]りそうだ』
ラランはすまして答《こた》へた。
『さういふ眼玉《めだま》を喰《く》つたまでさ。そのほかに何《なに》があるものか。』
馬鹿《ばか》なペンペは欺《だま》されるとも知《し》らずに、また片方《かたほう》の眼玉《めだま》をたべてしまつた。もう四千メートルに近《ちか》い霧《きり》の中《なか》だ。たうとう盲目《めくら》になつたペンペは、ラランの姿《すがた》を見失《みうしな》ひ、方角《ほうがく》も何《なに》もわからなくなつて、あわてはじめたがもう遅《をそ》かつた。
『ラランよ、ラランよ、』と叫《さけ》ぶ。
ラランの奴《やつ》は意地悪《いじわる》[#ルビの「いじわる」は底本では「いさわる」]く上《うへ》へ上《うへ》へとペンペの頭《あたま》の上《うへ》を聞《き》こえないふりして飛《と》んでいつた。ペンペはすつかりベソをかいて、繰《く》り返《かへ》しラランの名《な》を呼《よ》んだが、その返事《へんじ》がないばかりか、冷《つめ》たい霧《きり》のながれがあたりいちめん渦巻《うづま》いてゐるらしく、そのために自分《
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