》さまにこれはまた一|羽《は》の鴉《からす》がパチパチ燃《も》えてる篝火《かがりび》の中《なか》に墜《を》ちてきた。もちろんそれはヱヴェレストの怒《いか》りに触《ふ》れた、ラランの気《き》を失《うしな》つた姿《すがた》であつた。回々教《フイフイけう》の旅行者《りよかうしや》たちはすつかり面喰《めんくら》つて、ラランを火《ひ》の中《なか》から引《ひ》き出《だ》したが、やつと正気《しやうき》づいたラランは舌《した》の自由《じゆう》がきかないほど、口《くち》の中《なか》を火傷《やけど》してゐた。カラカラと笑《わら》ふどころではなかつた。そこでペンペの話《はな》しを聞《き》いたラランは、深《ふか》く自分《じぶん》の悪《わる》かつたことを悔《く》いて、ペンペを葬《ほほむ》つてくれた旅行者《りよかうしや》たちにすべてを懺悔《ざんげ》した。翌朝《よくてう》、旅行者《りよかうしや》たちは天幕《テント》をたゝんで北《きた》の方《ほう》に発《た》つた。ラランはそのみにくい姿《すがた》のまゝ残《のこ》された。暫《しばら》くして、ラランはその[#「その」は底本では「そ」]弱《よは》つたからだを南《みなみ》へ向《む》けて、熱《あつ》い印度《インド》の方《はう》へふらふら飛《と》んでゐたが、ガンガといふ[#「といふ」は底本では「といふの」]大河《たいか》の上流《じようりう》で、火傷《やけど》した口《くち》の渇《かわ》きを湿《うる》ほさうとして誤《あやま》つて溺《おぼ》れ死《し》んでしまつた。
 今《いま》でも世界中《せかいちう》の鴉《からす》の口《くち》の中《なか》には、その時《とき》の火傷《やけど》のあとが真赤《まつか》に残《のこ》つてゐるといふ。人《ひと》に嫌《きら》はれながらも、あの憐《あは》れなペンペのために泣《な》いてゐるのだ。



底本:「逸見猶吉の詩とエッセイと童話」落合書店
   1987(昭和62)年2月20日発行
底本の親本:「児童文学 第2冊」文教書院
   1932(昭和7)年3月10日発行
※片仮名の拗音、促音を小書きする底本本文の扱いを、ルビにも適用しました。
入力:林 幸雄
校正:土屋隆
2008年6月7日作成
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