て顔を洗へよ。青い眼鏡を掛け給へ〉蒙昧の友等は深く反省する。単純な街角をあわただしく馳け廻る。深夜の凄まじい挺転に捲き込まれて、誰が笑ふことを忘れるだろうか。ああ擾然たる街に還らう。己ばかりは寂しく慚愧して、恐らく崩潰する天の一角を狙ふだらう。悪辣なる少年となつて大破産を希ふだらう。何でもいい、今一度、灰色のバルドヰン、大外套の亡霊。めぐり遇つた時こそ、彼の傷痍をむざんに刳つてやるのだ。……足もとの草々には風に切れて、丘陵地方の夜明けを、己はなほも歩きつゞける。入江に向つて降りてゆく。
終駅
聴カセテクレ
木ツ葉ガ飛ンデル眼ノオク底カラ
黒※[#「木+解」、第3水準1−86−22]ノ organ ヲブチ壊ス
凄マジイ君ノ音楽ヲ
流木ノヤウニ刃コボレタ音《ネ》イロガ
ソツポ向イタ君ノ無表情カラ離レルト
ソコカラ ドカドカト冬ガ踏ミコンデクルノダ
季節ハズレナ大扉ノ外デ 雹ニウタレタ signal ニ凭レ
不逞ノ 頽廃シタ terminus ノ人ヨ
ブザマニ棉花ヲ曝ス
酷イ旱魃ノ地角カラダ
ナン百ノ貨車ノ下ヲ
wire ノ痕ト瀝青ヲ背負ツテ 遠ク過ギテキタ己タチ
ワヅカ Cobalt ヲ採ル者ラガ疾《ヤ》ンデ 去ルト
アア ケフモ意味ノナイ雲ノ形カ
車輪ニ凍リツイテ 山々ガ低ク
背後ノダンダラナ茨ノ中ニ溶ケテユク
傷ツイタ野犬ノ群ハ ムカフニ駆ツテイツタラシイ
アイツラ シラフデ 吠エテルノダ
イマ両人《フタリ》ノマン中ヲ流シテ
針金ノヤウナ冷血ガ冱エ
薄レタ網硝子ニ ハジメテ己ヲミル君ノ笑ヒ
足モトカラ沸キタツテクル 時間ノ水イロ
ソノ怖ロシイ水イロデ タイガイ妄想ノ下積ミニナルノダ
生《ナマ》々シイソコラノ 切リ株ヲ跨イデ
己ハ Garshin ヲオモヒ
頬ヲ擦ルト 火ト水イロガ混ザルトイフ
ソノコトダケデ イツパイニナル愛《カナ》シサデハナイカ
聴カセテクレ terminus ノ人ヨ
スルドク氷層ノ露呈スルヤウナ
音モナク裂ケテユク 稲妻ノヤウナ
マタ シダイニ消エテユク 君ノ音楽
木ツ葉ガ飛ンデル君ノ顔 グルツト西ニ偏奇シテ
冬ハ水イロニ光ツテル
ガタガタスル大扉ノ外カラ ナニカ歌フヤウニ
ダガ君ハ ヤガテ倒レテユクバカリダ
雹ニウタレタ signal ガ残リ
黒※[#「木+解」、第3水準1−86−22]ノ organ ガソノ側ニ屠ラレテ 凄マジイ
……………………………………
火ヲ享ケル
夏ハ光ノ槍ブスマ
屠ラレタ※[#「木+無」、第3水準1−86−12]ノ大樹ノ面ダマシイ
噎ルバカリノ狂ヒヲ深メテギラギラト
山岳地方ノ透明嵐気ガ燃エアガル オオ嵐気ニ千切レタ贖罪ノ館
泡立ツ黒ト緑金ト ソノ怖ロシイウネリヲ重ネテ トメド無ク
毒麦ノ穂ガ逆ニ磔木ノ天上ヘ押シナガサレ
[#天から8字下げ]ハルカニ下ノ世界カラ
[#天から6字下げ]暉石・橄欖石ノ断面ヲ
[#天から4字下げ]イチメン火ノ叫喚ハ掠メテユク
[#天から2字下げ]………………………………燃エアガル
[#ここで字下げ終わり]
燃エアガレヨソノ涯ハ
テツペン大藍青ノイキレニコソ捲キアガル
底シレヌ冽シイ嵐気ノ渦ガ群レテ 深ミドロ光ノ網目ヲ撥ジク刹那ダ
小鳥千羽ハ礫トナツテ墜チテクル
コノ爛酔ノ畏怖ノ時ヲナダレコムノダ
餓エテハ人ラ自ラノ屍ニ乗リアゲテ
馬・鶏ノタグヒハマツシグラ
ナニヲ叫ブカ 血ヲ吹キアゲルママ流サレテ
目盲ヒタルママ黒イ耕地ヲ アア遠ク天来ノ柵ヲ破レバ
タチマチウネリ凄ジイ毒麦ノ昏ク
熾ンナル不断ノ歌声ハ大刈鎌ニ乗ツテ奔騰スル
大刈鎌ニ跨ガレバ 天ハサラニ展カレテ己ト酔ヒ
磔木ノ荒クレタ影ノ裡 諸々ノ凶ナル種子ヲフリ撒カフ
ココニアレ友ヨ
黒ト緑金ノ刺シ違ヒ
ムジンナ光ノ槍ブスマ 夏
畳コム透明嵐気ノマツタダ中ダ
コノ酔ヒニコソ己ハ 悪血ニ噎ル生肉ノ日々ヲ潔メルノダ
胸ヲバンバン晒シテサラニ 苛薄ノ※[#「木+無」、第3水準1−86−12」ニ搏タレヨウ
火ノ飛沫ヲ享ケヨウトスルノダ
海の非情
うねりは深甚な藍青にくろまり
キレの剄い気流のましたを落ちながれ 漂ひ
油然と息をひそめ また一瞬にたかまつて
砕けちり 錯乱する それもあらたに
しづかな凄みの渦を巻きかへし おもひ返して 奈落へと墜ちなだれ うねり
ああ 繰り返しの歯向つてくる無明の表情 これは涯しない肉体だ
この目にみえて 見えるともない怒りこそ永遠の所有から
踏み出す万の手の露はなるつながり
鹹水に裸をさらしていま無尽な夢と格闘の
槍穂の束のぎらぎらに醒め
醒めきれぬまゝに立ち邀《むか》はふとしてゐるが……
うねりはおほまかな足摺りで 灼ける水平から寄せてくる
陸地をむざんに噛んでゐる
神の犬
ぎいんとした岩場の空が死んで視るかぎり
燦々たる微塵群の天幕は醒めてゐる
鞴のやうな息吹きに 翳をひく時間のながれ
挑みあふ千の枝々に血を滴たらせ
雪の切々たる抑制に ただ前へ目をおとす
背におふ花の印象と燃えあがる灰の錯乱と――
吠えることを忘れ
ああ ひとりなる神の犬よ
荒々しい夢のかたまりとなつて
いまは燼のやうに動くすべをしらない
身を退いて 忍べよ
眼は鹹水に漬かるべし
剛直の毛並に油をそゝぎ
牙にはそれ伐られざる荒蕪地を横たふべし
耿々たる大理石の粉をあび ひたすら
炎上せる季節のましたに血を整へよ
ふたたび夢をゆりおこせよ
きびしい岩場の大天井にしづかにむげんの闘ひが映る
また恐ろしい時間のながれか
陶酔の歌 風に千切れて
燼
鋼の※[#「穴/果」、第3水準1−89−51]を強引に張りめぐらせて、酒精と星星の拉ぎあふ死の穹窿を、諸手に抱きこんでゐる流沙の涯だ。透明な光の群落をかきわけて、そこから馥れうつ火の奔馬達。かつては様々に、※[#「さんずい+哀」、248−上−17]りたつ悲哀や魅惑を堵け、つねに非道の輩と、飽くなき爛酔に棲みながら闘ひを決してきた己だが。ああ、またしても幻を起す、この灼かれた皮膚のしたに鎖を曳いて逆流する海洋、北方の。暗緑の飛沫にけぶる刃の弧線よ。それこそ生々たる闘ひであつてくれ。鋼の※[#「穴/果」、第3水準1−89−51]をむじんに切り破つて、脱がれて生肉の唯一なる胆妄に無数の槍を負つてゐる現在か。だが荒涼として、これが無限の修羅を墜ちてゆく全意識であらうか。――己は笑ひだす。
喉元から身を鉄条に突き刺したまま、足もとに横たわる鴉一羽。その虚ろな眼窩に喰ひさがる青褪めた血の幾筋を、――漆黒の羽毛は残虐な光の逆手にかき窩られて、燃えあがる。打ち据えられた生肉の、熱気に煽られ、戦慄の、だがもう還るすべもない影の狼煙ではないか。燃えろ、燃えあがつて彼の穹窿の大扉を思ふさまに蹴外してくれ。しどろに荊棘を藉きつめて、臨終の、いま大正午の深い畏怖にひき摺られ、殺戮のあらはな声は無辺の屋根に遠退いてゆく。擅《ほしいまま》なる――それを聴くのだ。
渇いたうへにも渇く檜葉の枝々。
黒三稜《みくり》の重なる沼沢に漬つた凶時よ、この青春時。
酔ひ痴れた姿態の裡に、蒙昧な刹那々々の反応に、ありとある幻象の隈を彫り、背徳と夢と倨傲の立ちはだかる、この青春時。荒掴みに己の裸身をひき起して、なほ哀切の言葉を薄るものは何であらう。足もとには、おお 燼が吹きつのる熱気に擾れて、このひと時の己の愛だ。苦い獣皮のやうに、酒精と星々の拉ぎあふ死の穹窿を、諸手にかけて、――流沙の涯へ沈んでゆく。
手
重い油をさすやうに
つめたく秘密にとり縋るもの
この手はひさしく慄えるペン軸を必死と握つてゐるのだが
苦がいインキは海の気配にそそがれて
やうやく乾いた血いろの底にしづんでゆく
日のひかりはこの手にとどかず
この手は叫ばずおのれに堪へ
沸騰するくらいナヂールの
大回転のしたにある
艱める翳に伏したままさうしてばらばらと頁を繰るのだが
水のいろが鹹くぶきみに漂ひながれて
虫をまいたやうに凶はしい
時をりあの強大なむなしさを孕む幕となつてなだれると
斑らの網に非情の鱶はみえかくれ
翳を払はふとするこの手もやがて見失はれる
蠅の家族
しやべり散らすな 愛を
おもひきり胸には水をそそげ
斧は真冬の面《つら》に打ちこまれて其処に※[#「穴/果」、第3水準1−89−51]を張れば陣々と鳴る
岩乗な鉄拐のうしろに廻つて
つめたい風が煤を吹きまくる季節中
そいつのために諸々の夢の所在が冱えてくるのだ
冬は
はがねの仕組みで
むしろ万人の汚辱のなかに※[#「厂+萬」、第3水準1−14−84]しく立ち
悔いと怒りに充ちた己こそ千切れなければなるまい
離散する蠅の家族ら
道は道のあるかぎり覆され
とほく終駅にえぐられた跨線橋黒だ
己は血ぬれ
移動する雲と樹々と
そそがれる水のあふれ……
冬の※[#「穴/果」、第3水準1−89−51]が鉄拐の一撃にばりり壊されては
かすかに青みどりの合唱ながれ
胸のなかひとすぢの憂愁は逆毛だつ
たちまち荒々しい光がいり擾れてくるのを
己は身に浴びて目撃する冬だ
悪霊
荒地をうしろにして少年は裸馬の上にゐた
ぎらとした染料を溶いて涯しない酷熱が来ると荒地の喚ばふ
その澱みくる酷熱にさきぶれて
渇きは風とともに舞ひあがる
むげんの引き波に漂ふものみなのしじま
鞭をならして砂塵に没した慓悍な影を見送れば
裸馬からずり落ちた少年に哄ひはいつそうむごく残され
さうしてひとたびは身を起したが
無用の白々しい風に捲かれた
兇行
この夜明け。秋の眩輝《ぐれあ》に犯されて、困憊の、ざざといふ風や光や、その微かな参差の奥に人を喚んでゐる、あはれ黒松属であらう。雷管を蔵した岩尾根が低い天末に削られて、その上に火傷を浴びた雲を飛ばせば、菫青色の深まる天のぐんと向ふ。巨いなる荒掠者の手からふり撒かれ、己の遡る河上にいま、微塵はとうめいの異《あや》しい廃汽となつて沈んでくる。水の面にたゞよふ彼の影像は、水羊歯や蘆のたぐひを啖ひながらも、発《あば》かれた地上に在るものの、匈々たる交感の裡に織りこまれてゆくのか。旧くまた新しく、つねに兇行の果されて来たこの河上に、彼の息吹は人間歴史の跡を曝して、ああ、それを己に伝へる彼の苛烈よ。秋は骨のやうな磧を渉り、水底に渇き疲れた神々の声を聴いてゐるのだ。哄ふべし。神々と言はふ、たゞわけもなく飜へる水の面、――かき消された妄想が薹のやうに、復た此処に聚るであらう。己は必死なる季節の加担者。遡るところ、眩輝の異しい漲落を胸に量り 額をもたげて愛のやうな 荒繩のやうな強力の酔ひをこの躯に糾ふのだ。しだいに昂る爛酔となれば、反つて一望の視野は冷然ときりひらかれ、四肢に※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、251−上−13]ふ風や光の鳴り響く その戦きを貫いて地と天の境のもの黒松の岩尾根の、不逞にして深甚なる彼こそ、燦として正しく煤を払ふ荒掠者の姿だ。彼を捉へ、彼に視入り、彼から離れ去る誠実の言葉は、己たちに降りかゝる贖ひの血しぶき、――いつかは涯の日を笞打たれる身であらうに、おもへば己や君や、※[#「穴/宇」、251−上−19]《まれ》なる理会の何んといふ空しさだ。
堕ちゆく面貌の数々といひ
こころなき蹂躙に委せた心情の隈といふ――
喪に塗りつぶされた自棄くそのインキ画で
生活の 情痴の ひたむきな妄想の蠅といふ――
たちまち群れて唸りをあげ 犇きあがり 修羅の火の
手に覆へる大血槽に溺れるといふ――
おもふざま其処でじたばたするといふのだ。
無頼な群集の裡に棲みながら
おもひ上つた信条を悦しいといふ――
ああ 冷酷の無辺大 磁の凄じい牽引に躯を焼いて
すべて闘ひの途に起て。各々はげしい自愛を衝くのだ。
この夜明けに 幾万の眼をひらく子らは 甍に重なる甍を跨がり 海へなだれる起伏の昏い涯を馳つて 彼等その生長の日々に何を歓び歌ふであらうか。撃たれよ みづからの深傷《ふかで》に生きたる哄ひをあげて 千年の鉄柵に懊のやうな血を流すべし。
河上に 玻璃末の錯乱。
荒掠者の行方。
己はまだ
前へ
次へ
全4ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
逸見 猶吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング