と。また深夜のど強《ぎつ》い落暉《いりひ》にうたれて、犁《すき》のたぐひを棄て去つた彼等。〈雲と羅針とを嘲りわらふ、その朦昧の顔の冷たさ。〉ひとたび扉口は手荒く閉ざされ、傾く展望はために天末線《スカイライン》を重沛のやうに沈澱したのだ。佯《いつは》りの花と糧秣はぶち撒かれ、床板に虚しく歯車の痕が錆びてゐる。いま襤褸をづらし、十指を組み、ヂザニイの干乾らびた穂束に琥珀を添へて、純潔の死と親愛とを祈る彼等だ。野生の卓に水が流れる。
水が流れる。
一途に貪婪なる収穫の果がこれであらうか。
いよいよ下降する石畳から、壊はされた黒い楔《くさび》の扉口からだ。ざんざんと頽《なだ》れこむ躁擾からそれら卑少の歴史から、虜はれの血肉をみづから引き剥して、己は三歳の嬰児だ。絶えまない不吉の稲妻と、襞もない亜麻の敷布が繋がれて、この無様《ぶざま》な揺籃の底に目覚めてゐるとは誰が知らう。
ああ、最後の人の手から手へ、斑らなる隈どりで残された記憶。あれは秋であつたらうか。〈諸々の狭隘な傲りを押し破つた水。季節を逸れた水の氾濫! それこそ兇なる星辰《ほし》の頽れだ〉四肢を張り、頑強に口を閉ぢ、むざんに釘うたれた
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