に蝕む北方の屋根に校倉《あぜくら》風の憂愁を焚きあげて、屠られた身の影ともない安手の虚妄をみてとつたいま、なんと恐ろしいものだけだらうか。原罪の逞《ふと》い映像にうち貫かれた両の眼に、みじろぎもなく、氷雪いちめんの深い歪《ひづ》みをたたえて秘かに空しくあれば、清浄といふ、己はもうあの心にも還る事はできないのだ。沍寒の夢はつららを砥いで、風は陣々と滲みいるやうにあたりを廻りはじめてゐる。内から吹きあげる血の苦がい、灼けるやうな飛沫が叫ぶ、とうてい身はかわしきれないと。善哉《よし》!
人の闘ひはまだつづく。


  牙のある肖像

   ※[#ローマ数字1、1−13−21]

嘗ての日、彼等こそ何事を経て来たであらうか強烈の飲料をその傷口に燃やし、行方なく逆毛《さかげ》の野牛を放つては、薪のやうに苛薄の妄想をたち割つた彼等。こころに苦《にが》い移住を告げて、内側から凍りつく鰊のたぐひを啖ひ、日毎無頼の街衢《ちまた》から出はづれては歌もなく、鉄のやうな杳かの湾流がもたらす風の、勒々とした酔ひのひと時を怖れた彼等。到るところしどろな悪草の茎を噛み、あらくれの蔦葛を満身に浴びて耕地から裡の台地へ
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