はれ黒松属であらう。雷管を蔵した岩尾根が低い天末に削られて、その上に火傷を浴びた雲を飛ばせば、菫青色の深まる天のぐんと向ふ。巨いなる荒掠者の手からふり撒かれ、己の遡る河上にいま、微塵はとうめいの異《あや》しい廃汽となつて沈んでくる。水の面にたゞよふ彼の影像は、水羊歯や蘆のたぐひを啖ひながらも、発《あば》かれた地上に在るものの、匈々たる交感の裡に織りこまれてゆくのか。旧くまた新しく、つねに兇行の果されて来たこの河上に、彼の息吹は人間歴史の跡を曝して、ああ、それを己に伝へる彼の苛烈よ。秋は骨のやうな磧を渉り、水底に渇き疲れた神々の声を聴いてゐるのだ。哄ふべし。神々と言はふ、たゞわけもなく飜へる水の面、――かき消された妄想が薹のやうに、復た此処に聚るであらう。己は必死なる季節の加担者。遡るところ、眩輝の異しい漲落を胸に量り 額をもたげて愛のやうな 荒繩のやうな強力の酔ひをこの躯に糾ふのだ。しだいに昂る爛酔となれば、反つて一望の視野は冷然ときりひらかれ、四肢に※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、251−上−13]ふ風や光の鳴り響く その戦きを貫いて地と天の境のもの黒松の岩尾根の、不逞にして深甚なる彼こそ、燦として正しく煤を払ふ荒掠者の姿だ。彼を捉へ、彼に視入り、彼から離れ去る誠実の言葉は、己たちに降りかゝる贖ひの血しぶき、――いつかは涯の日を笞打たれる身であらうに、おもへば己や君や、※[#「穴/宇」、251−上−19]《まれ》なる理会の何んといふ空しさだ。
堕ちゆく面貌の数々といひ
こころなき蹂躙に委せた心情の隈といふ――
喪に塗りつぶされた自棄くそのインキ画で
生活の 情痴の ひたむきな妄想の蠅といふ――
たちまち群れて唸りをあげ 犇きあがり 修羅の火の
手に覆へる大血槽に溺れるといふ――
おもふざま其処でじたばたするといふのだ。
無頼な群集の裡に棲みながら
おもひ上つた信条を悦しいといふ――
ああ 冷酷の無辺大 磁の凄じい牽引に躯を焼いて
すべて闘ひの途に起て。各々はげしい自愛を衝くのだ。
この夜明けに 幾万の眼をひらく子らは 甍に重なる甍を跨がり 海へなだれる起伏の昏い涯を馳つて 彼等その生長の日々に何を歓び歌ふであらうか。撃たれよ みづからの深傷《ふかで》に生きたる哄ひをあげて 千年の鉄柵に懊のやうな血を流すべし。
河上に 玻璃末の錯乱。
荒掠者の行方。
己はまだ遡る。永遠 風に荒れて 兇行の日々は殷賑たれ。
無題
冬なれば大藍青の下の道なり
樹々のはだ臘のごと凍りはつれど
樹々はみなつめたき炎に裂かれたり
樹々は怒りにふるへをののき
樹々の闘ひ
残雪に影ながくたれ
なにごとか祈らんとしていのりあへず
道のはていづことも知れざれども
壮んなる時をよばひて樹々は光にちぬれたり
ある日無音をわびて
ぺこぺこな自転車にまたがつて
大渡橋をわたつて
秩父颪に吹きまくられて
落日がきんきんして
危険なウヰスキで舌がべろべろで
寒いたんぼに淫売がよろけて
暗くて暗くて
低い屋根に鴉がわらつて
びんびんと硝子が破れてしまふて
上州の空はちひさく凍つて
心平の顔がみえなくて
ぺこぺこな自転車にまたがつて
コンクリに乞食がねそべつて
煙草が欲しくつて欲しくつて
だんだん暗くて暗くて
青い図面
A
俺が窓をあけると貴様は階段を馳けおりた
太陽は起重機の下でぼろぼろに錆びてしまつた
電流の作用で群集の額はたちまち蒼褪めていつた
意識の内部に赤い盲腸が氾濫した
くづれた街角に走つて貴様は誰かをしきりに呼んだ
俺はあをい図面を手にして窓をかたく閉ぢた
何処かで銃声が一発した
B
俺が酒場で考へて居ると貴様は鏡をぶちこはした
壁のむかうから太い首が横暴な主張をどなりだした
往来には無数の寝台が獣のやうに流されていつた
俺と貴様は恐ろしい方角に向つて微笑した
並木のはてで無用の情人と別れた影はすでに消えた
ああ 歪める建築の背後にひそむ現実
とほく運河をすべる秋の惨忍な表情を抹殺せよ
秋の封塞
俺は手をあげてゐる 彼奴は用意する
市街ははや秋の封塞につめたくも斜傾するよ
あの厖大な鉄の下では電波のやうによろめいて
肋骨だけの男らが貧弱に管をまいてゐる
すべてここに実在するものは海面にまで傾倒し
みづからを刺さうとする陰欝なる堆積に充ちあふれ
造船術は街角に灰緑色の皮膚を噛みくだいてゐる
恐ろしい物質の秘密をかんじ その重量を交換し
生物はほとんど幽霊について喚いてゐる
造花はいちめん舗石の上に血を流し
ああ とほく秋色殺到して
[#ここから5字下げ]
赤煉瓦
泥靴
死
[#ここで字下げ終わり]
雲は洋紙のやうに巻かれて高く
ひそかに横行するものは高架橋を窺がひ
光線は幾条も運搬され 吠えない犬が
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