ぐりに出発の時が来たのか。己は再び引き剥す血肉に飢餓を鎧つて、ひとときの眠りを墜ちてゆく身だ。
途上
ひび割れの
一層むごい凌辱と貪婪の
手にとるこの世のあらひざらひだ
やくざな助材を解きはなつておもふざま
幻象に仕上げるのが日常なら
それに火をつけ
奈落を渫ひ
どのみちおほきく笑へればいいといふものさ
これをしも不誠実だと責めるまへに……
だがいまは言ふな
すべる蠅よ
のさばる光栄のしやつ面《つら》たちよ
生活だと言つたのが愚の骨頂なら
もう何ひとつ文句はつけぬ
この身は暗い百年に触火して乱雑たるあれ――なほ渡つてゆく
歩みは一片の悔いもないが
意地わるくつらく強力に泣いてゐるのだ
風ともない通り魔のしはぶきのやうなやつに折からの
風物が絞めあげられて
ながい間めいめいのおもひは錯落した
すれ違ひざまに光つてきらりと此方を見た眼
なんとあたり前のかなしげな挨拶
あるけあるけと渡つてきたのだ
行きあたるところの無い限り 愛や動乱や死の胆妄に
灼かれる業も
まして尼からのぞいた孤独といふやつ
一時が永遠に木ツ葉微塵の形なしだといふのさ
及びがたい力につらぬかれ
きらりとし錆びいろとなりふき晒されて
それこそどんな暗黒にも閉ぢることはないだらう
別々でありながら身内に燃え燃えながらも離れてゆくといふ
おかしなさういふたぐひの眼だ
せつかく此処まで来たところがこれでは説明がつきかねる
これをしも不誠実だと責めるまへに
だがいまは言ふな
おまへが何を共力しようとするのかそれも知らぬ
おれは世界が何故このやうにおれを報いたかを考へてみるのだ
宇宙犬の夢をもつためには
しばしばその夢からさへ脱がれようとする
だがいぶかしげにおれをうながす
憫みともつかぬだんまりが反つておまへの常套なのか
どうやらそれも怖ろしい眼の裏側を糾問するためのことらしい
がたんと重いぶれーきで停り
わづかな喧騒の後はまたもとの静けさに帰つた
いやおれはこのまゝでいいのだ
辛いやつを口になめては
歌をやるすべもない
左様なら
いちめんの斑雪《はだれ》に煤がながれこんで
黒い車輛の列からはみだしてる
途方もない
陸のつゞきさ
煉瓦台にて
水沫《しぶき》を擾して抛物線の、刻薄を伝つて。
空に痙攣れて 船体《ハル》の悲しみが沈むでゆく。
燃え尽きた煉瓦台に身を打ちなげて己は、薊の花と落日と、
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