に、ばさばさと自らの影を追ひたてる鴉の群だ。その腥い印象から なんとも知れぬ獣血のたぐひに濺がれて、しぜんに斃れてゆくものは、展望をしだいに埋めてゆく。唯ひとり、揺籃の底に艱《なや》むでゐる己の額に、やがては稲妻も十字を投げるだらうか。いま一筋荒々しく乗りこんでくる歌声をきかう。愛憐もなく火に酔へる、三歳のつぶらな眼底に滲みては、たちまち水浸しの肺腑を侵してくるその歌声。ああ 己の身うちにがんがんする無辺から襲つてくる非情の歌声。
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枝を折り
すぎゆくものは羽搏けよ
暴戻の水をかすめて羽搏けよ
石をもつて喚び醒ます
異象の秋に薄《せま》るもの
獣を屠つて
ただ一撃の非情を生きよ
……………………………
きみの掌に
すぎゆくものは
沸々たる血を※[#「車+兀」、241−上−5]きたまへ
ふりかかる兇なる光暉の羽搏きに
野生の花を飾るもの
血肉を挙げ
あくまできみの非情を燃えよ
……………………………
[#ここで字下げ終わり]

歌声は嗄れた。激しい裂目をみせてもう雲母《きらら》の冬。水退けの昏い耕地をずり落ちて天末線の風も凄く、とほく矮樹林は刺青《いれずみ》のやうに擾れてゐる。ここにあるものは己の三歳とその他。純潔の約定と飢餓とその他。ばらばらに黒い楔《くさび》の外《はづ》されたこの残留の街衢の中で、彼等の笑ふやうに、その笑ひが己の面上にあると思ふのか。強力な抵抗に撓められた鉄格子、また荒廃した扉口に吊られ、牙のある肖像こそおよそ愚劣の意匠をこらして、寒々しい光栄に曝されてゐる。これら牙のある肖像こそ彼等と己をめぐる、妄想の限りない露呈ではないのか。みよ、欣然と卓をたたいて空しい収穫のおもひに縊られるもの。丹赭を塗つた鬱屈の姦淫者。嗤ふべき取引。小学生らは石を投げて屋根の下に陥りてみ、青くざらざらした灰が四辺をたち罩める時、やうやく亜麻の敷布を拡げてゆく戦慄。

大利鎌の刃先に漂ふ薄暮の白い眼差し。蘆のよぶ声のむかふを、湾流に沿ふて屍のまつたく忘られた形。下降する石畳にサイレンが鳴らされ、断続の後それも杜絶えた彼等の苦《にが》い表情から、残忍な行為ばかりを読んだうへに、苛立つ矮樹林から、その声高な笑ひの中に、己ばかりは不逞な精神の射殺をきくのだ。誰も彼も居なくなる。やがて霙がくるだらう。この無様な揺籃の底に、天才を死に果てたとは誰が気付かう。横な
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