ている。時によっては、もっと老けて見え、場合によっては情熱的な壮年者にも見えるときもあった。けれども鋭い理智から来る一種の諦念といったようなものが、人柄の上に冴《さ》えて、苦味のある顔を柔和に磨いていた。
 濃く縮れた髪の毛を、程よくもじょもじょに分け仏蘭西《フランス》髭《ひげ》を生やしている。服装は赫《あか》い短靴を埃《ほこり》まみれにしてホームスパンを着ている時もあれば、少し古びた結城《ゆうき》で着流しのときもある。独身者であることはたしかだが職業は誰にも判らず、店ではいつか先生と呼び馴れていた。鮨の食べ方は巧者であるが、強《し》いて通がるところも無かった。
 サビタのステッキを床にとんとつき、椅子に腰かけてから体を斜に鮨の握り台の方へ傾け、硝子《ガラス》箱の中に入っている材料を物憂そうに点検する。
「ほう。今日はだいぶ品数があるな」
 と云ってともよ[#「ともよ」に傍点]の運んで来た茶を受け取る。
「カンパチが脂《あぶら》がのっています、それに今日は蛤《はまぐり》も――」
 ともよ[#「ともよ」に傍点]の父親の福ずしの亭主は、いつかこの客の潔癖な性分であることを覚え、湊が来ると無
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