、其処《そこ》に遊んでいるかとも思える。ときどきは不精そうな鯰《なまず》も来た。
自分の店の客の新陳代謝はともよ[#「ともよ」に傍点]にはこの春の川の魚のようにも感ぜられた。(たとえ常連というグループはあっても、そのなかの一人々々はいつか変っている)自分は杭根のみどりの苔のように感じた。みんな自分に軽く触れては慰められて行く。ともよ[#「ともよ」に傍点]は店のサーヴィスを義務とも辛抱とも感じなかった。胸も腰もつくろわない少女じみたカシミヤの制服を着て、有合せの男下駄をカランカラン引きずって、客へ茶を運ぶ。客が情事めいたことをいって揶揄《からか》うと、ともよ[#「ともよ」に傍点]は口をちょっと尖《とが》らし、片方の肩を一しょに釣上げて
「困るわそんなこと、何とも返事できないわ」
という。さすがに、それには極く軽い媚《こ》びが声に捩《よじ》れて消える。客は仄《ほの》かな明るいものを自分の気持ちのなかに点じられて笑う。ともよ[#「ともよ」に傍点]は、その程度の福ずしの看板娘であった。
客のなかの湊《みなと》というのは、五十過ぎぐらいの紳士で、濃い眉がしらから顔へかけて、憂愁の蔭を帯び
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