親は期せずして一致して社会への競争的なものは持っていた。
「自分は職人だったからせめて娘は」
と――だが、それから先をどうするかは、全く茫然としていた。
無邪気に育てられ、表面だけだが世事に通じ、軽快でそして孤独的なものを持っている。これがともよ[#「ともよ」に傍点]の性格だった。こういう娘を誰も目の敵《かたき》にしたり邪魔にするものはない。ただ男に対してだけは、ずばずば応対して女の子らしい羞《はじ》らいも、作為の態度もないので、一時女学校の教員の間で問題になったが、商売柄、自然、そういう女の子になったのだと判って、いつの間にか疑いは消えた。
ともよ[#「ともよ」に傍点]は学校の遠足会で多摩川べりへ行ったことがあった。春さきの小川の淀みの淵を覗いていると、いくつも鮒《ふな》が泳ぎ流れて来て、新茶のような青い水の中に尾鰭《おひれ》を閃《ひら》めかしては、杭根《くいね》の苔《こけ》を食《は》んで、また流れ去って行く。するともうあとの鮒が流れ溜って尾鰭を閃めかしている。流れ来り、流れ去るのだが、その交替は人間の意識の眼には留まらない程すみやかでかすかな作業のようで、いつも若干の同じ魚が
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