大人より子供にその脅えが予感されるというものか、それが激しく来ると、子は母の胎内にいるときから、そんな脅えに命を蝕まれているのかもしれないね――というような言葉を冒頭に湊は語り出した。
その子供は小さいときから甘いものを好まなかった。おやつにはせいぜい塩|煎餅《せんべい》ぐらいを望んだ。食べるときは、上歯と下歯を叮嚀《ていねい》に揃《そろ》え円い形の煎餅の端を規則正しく噛み取った。ひどく湿っていない煎餅なら大概好い音がした。子供は噛み取った煎餅の破片をじゅうぶんに咀嚼《そしゃく》して咽喉《のど》へきれいに嚥《の》み下してから次の端を噛み取ることにかかる。上歯と下歯をまた叮嚀に揃え、その間へまた煎餅の次の端を挟み入れる――いざ、噛み破るときに子供は眼を薄く瞑《つぶ》り耳を澄ます。
ぺちん
同じ、ぺちんという音にも、いろいろの性質《たち》があった。子供は聞き慣れてその音の種類を聞き分けた。
ある一定の調子の響きを聞き当てたとき、子供はぷるぷると胴慄《どうぶる》いした。子供は煎餅を持った手を控えて、しばらく考え込む。うっすら眼に涙を溜めている。
家族は両親と、兄と姉と召使いだけだっ
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