た。家中で、おかしな子供と云われていた。その子供の喰べものは外にまだ偏《かたよ》っていた。さかなが嫌いだった。あまり数の野菜は好かなかった。肉類は絶対に近づけなかった。
 神経質のくせに表面は大ように見せている父親はときどき
「ぼうずはどうして生きているのかい」
 と子供の食事を覗きに来た。一つは時勢のためでもあるが、父親は臆病なくせに大ように見せたがる性分から、家の没落をじりじり眺め乍ら「なに、まだ、まだ」とまけおしみを云って潰して行った。子供の小さい膳の上には、いつものように炒《い》り玉子と浅草|海苔《のり》が、載っていた。母親は父親が覗くとその膳を袖で隠すようにして
「あんまり、はたから騒ぎ立てないで下さい、これさえ気まり悪がって喰べなくなりますから」
 その子供には、実際、食事が苦痛だった。体内へ、色、香、味のある塊団《かたまり》を入れると、何か身が穢《けが》れるような気がした。空気のような喰べものは無いかと思う。腹が減ると饑《う》えは充分感じるのだが、うっかり喰べる気はしなかった。床の間の冷たく透き通った水晶の置きものに、舌を当てたり、頬をつけたりした。饑えぬいて、頭の中が澄
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