張合ひであつた。
お涌の先に立つた女中が格子戸を開けた。眼の前にびつくりするやうな大きな切子燈籠《きりこどうろう》が、長い紙の裾《すそ》を垂らしてゐる。その紙を透して、油燈の灯《ほ》かげと玄関の瓦斯《ガス》の灯かげと――この時代には東京では、電気燈はなくて瓦斯燈を使つてゐた――との不思議な光線のフオーカスの中に、男の子の姿が見えた。仁王立《におうだ》ちになつてゐた。男の子は、女中ばかりでなくお涌が一しよなのに驚いた様子で、片足|退《すさ》つて身構へる様子だつたが、女中の説明を聞くうち、男の子はすつかり笑顔になつて、自分も手伝つてきいきいいふ小鳥のやうな動物を空いた鸚鵡籠《おうむかご》の中へ首尾よく移した。籠の口で、お涌が指を蝙蝠の翅《はね》から離すときに、いかにも喰ひつかれるのを怖れるやうに、勢《いきおい》づけて引込ますと、男の子はくくくと、笑つた。その声には、いぢらしいものを愛し労《いた》はる響きがあつた。
お涌は、日頃遠くから軽蔑《けいべつ》してゐた男の子の立派な格のある姿を眼の前にはつきりと視《み》、思ひがけなくもその声からかういふ響きを聞くと、女が男に永遠に不憫《ふびん》が
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