当る孤児で、医科を出て病院の研究助手を勤めてゐる島谷といふ青年だつた。密閉主義の日比野の家でも、衛生には殊《こと》に神経質のおふみが、何かとこの青年に健康の相談をかけ、出入を許してゐる只《ただ》一人の親戚といふことが出来る。皆三も嫌ひな青年では無かつたが、多く母親の話し相手になつてゐた。お涌も日比野へ遊びに来た序《ついで》に、茶の間で二三度島谷に逢《あ》つたことがあつた。
 額《ひたい》が秀でてゐて唇が締《しま》てゐる隅から、犬歯の先がちよつと覗《のぞ》いてゐる。いまに事業家肌の医者になりさうな意志の強い、そして学者風に捌《さば》けてゐる青年だつた。顎《あご》から頬《ほお》へかけて剃《そ》りあとの青い男らしい風貌《ふうぼう》を持つてゐた。
 おふみからお涌の仲人《なこうど》口を聞いたとき島谷は
「だが、皆三君の方は」
 と聞き返すと、おふみは
「なに、あれとは、ただ御近所のお友達といふだけで、それに皆三は、当分結婚の方は気が無いといふから」
「では、僕の方、お願ひしてみませうか」
 島谷はあつさり頼んだ。
 おふみがお涌の家へ来ての口上はかうであつた。
「こちらのお嬢さんは、人出入りの
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