と笑つた。
「でもまあ、云つてご覧なさい」
となほねつく訊くと
「やつぱり世間通りよ。うちで定めて呉れるところへですわ」
と答へた。
これはお涌にしてみれば、嘘の心情ではなかつた。
それから少したつて、母親は晩飯のとき皆三に訊《たず》ねた。
「皆さん、妙なことを訊《き》くやうだが、もうお前さんも学校は卒業間際だから訊いとくが、何かい、お嫁なら向うの家の娘さんでも貰《もら》ひなさるかね」
母親は、わざとお涌を娘さんといつたり、息の詰るのを隠して何気なく云つた。じつと、母親の顔を見てゐた皆三は、それから下を向いて下唇を噛《か》んで考へてゐたが
「僕は妻など持つて家庭を幸福にして行けるやうな性格ぢや無ささうですね。まあ、当分の間は、このままで勉強して行くつもりですね」
母親は、故意に皆三の言葉どほりを素直に受け取る様子を自分がしてゐるのに、いくらか気がつき乍《なが》らも
「さうかねえ、もしお嫁さんを持つなら、あの娘は好いと思ふんだがね」
突然の縁談はお涌の家の両親を驚かした。それは、日比野の女主人のおふみから申込まれたものであるが、相手は皆三では無かつた。日比野の親戚に
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