たまゝ、しつかり腕を組み合せ、唇を噛んで見入つてゐた。
「お呉《く》れよ、お呉れよ」
 とまはりの子供達が強請《せが》む中に、平太郎はお涌を見つけると愛想笑ひをして
「お涌ちゃんに、これ、やらうね、さあ」
 といつて、抓み方を教へ乍《なが》ら、お涌にこの小さい動物を指移しに渡した。
 お涌は、不気味さに全身緊張させ、また抓んだ指さきの肉翅のあまり華奢《きゃしゃ》で柔かい指触りの快いのに驚きながら、その小動物を自分の体からなるたけ離すやうにして、そろ/\自宅の方へ持ち運んで行つた。お涌に蝙蝠を取られた他の子供達がうしろから嫉妬《しっと》の喚きを立てゝ囃《はや》した。
 お涌が、自宅の煉瓦塀《れんがべい》のところまで来ると、あとから息せき切つて馳《か》けて来た日比野の家の女中が声をかけて
「お嬢さま、あなたが蝙蝠をお貰《もら》ひになつたのを、うちの坊ちやまが窓から御覧になつてまして、是非《ぜひ》標本に欲しいから、頂いて来て呉れろと仰言《おっしゃ》いますので…………ほんたうに御無理なお願ひで済みませんが…………坊ちやまのお母さまもお願ひして来るように仰言いますので…………」
 お涌は、大人の女中の使者らしい勿体《もったい》振つた口上にどぎまぎして、蝙蝠も惜《おし》くはあるが遣《や》らなければならないものと観念して、小さい声で
「ええ、あげますわ」
 といつて女中の前に小動物を差出した。
「ほんとに、済みませんで御座《ござ》います」
 女中は礼を繰返しながら蝙蝠をお涌の手から抓《つま》み代へて受取らうとする。蝙蝠は口を開けてきいきい鳴き続ける。二三度試みて、たうとう指さきを臆《おく》させてしまつた女中は
「お嬢さま、まことに恐れ入りますが、とても私の手にはおへませんから、このまま蝙蝠を宅までお持ち願へませんか」
 お涌は大人にこれほど叮嚀《ていねい》に頼まれる子供の侠気《きょうき》にそゝられて承知した。
 日比野の家は、この町内で子供達が遊び場所にしてゐる井戸の外柵の真向《まむか》ひで、井戸より五六軒|距《へだた》つたお涌の家からはざつと筋向うといへる位置にあつた。前に大溝《おおどぶ》の幅広い溝板が渡つてゐて、粋《いき》でがつしりした檜《ひのき》の柾《まさ》の格子戸の嵌《はま》つた平家の入口と、それに並んでうすく照りのある土蔵とが並んでゐた。土蔵の裾《すそ》を囲む駒寄《こま
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング