虫の中では醜《みにく》い衰亡者《すいぼうしゃ》のように思えるし、鰻だとて、やはり時代文化に取り残されたような魚ではないか。衰亡の人間が衰亡の虫を囮《おとり》につかって衰亡の魚を捉《とら》えて娯《たの》しみにする。その灯明り――何と憐《あわ》れ深い情景であろう。むかし父親にとってこの方法の鰻取りは単なる娯しみに過ぎなかったが、今は必死の副業である。
「ゆうべ、少し漁《と》れ過ぎてね。始末に困るんだよ」
 こんな鷹揚《おうよう》なものの云い方をしながら父親は獲物《えもの》を鰻|仲買《なかがい》に渡した。憐れな父子と思いながら小初はいつか今夜の父の漁れ高を胸に計算していた自分が悲しかった。
 西空は一面に都会の夜街の華々《はなばな》しいものが踊《おど》りつ、打ち合いつ、砕《くだ》けつする光の反射面のようである。特に歓楽の激しい地域を指示するように所々に群《むらが》るネオンサインが光のなかへ更に強い光の輪郭《りんかく》を重ねている。さらにこの夜空のところどころにときどき大地の底から発せられるような奇矯《ききょう》な質を帯びた閃光《せんこう》がひらめいて、琴《こと》のかえ手のように幽毅《ゆうき》
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