りょく》を鞣《なめ》してしまい、幻《まぼろし》に溶かしている世界だった。すべての色彩《しきさい》と形が水中へ入れば一律に化生せしめられるように人間のモラルもここでは揮発性と操持性とを失った。いわば善悪が融着《ゆうちゃく》してしまった世界である。ここでは旧套《きゅうとう》の良心|過敏《かびん》性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀《ひあい》も執着《しゅうちゃく》も性を抜かれ、代って魚介《ぎょかい》鼈《すっぽん》が持つ素朴《そぼく》不逞《ふてい》の自由さが蘇《よみがえ》った。小初はしなやかな胴を水によじり巻きよじり巻き、飽《あ》くまで軟柔《なんじゅう》の感触《かんしょく》を楽んだ。
小初は掘《ほ》り下げた櫓台下の竪穴から浅瀬の泥底《どろぞこ》へ水を掻き上げて行くと、岸の堀垣《ほりがき》の毀《こわ》れから崩《くず》れ落ちた土が不規則なスロープになって水底へ影《かげ》をひくのが朦朧《もうろう》と目に写って来た。
この辺一体に藻《も》や蘆の古根が多く、密林の感じである。材木|繋留《けいりゅう》の太い古杭が朽《く》ちてはうち代えられたものが五六本太古の石柱のように朦朧と見える。
その柱の一
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