附《ちかづき》のある小初は、媚《こび》というねたねたしたものを近代的な軽快な魅力に飜訳《ほんやく》し、古典的な青海流の飛込みの型にそっと織り込ますことぐらい容易である。生ぬるい水中へぎゅーんと五体がただ一つの勢力となって突入《とつにゅう》し、全|皮膚《ひふ》の全感覚が、重くて自由で、柔軟《じゅうなん》で、緻密な液体に愛撫《あいぶ》され始めると何もかも忘れ去って、小初は「海豚《いるか》の歓《よろこ》び」を歓び始める。小初の女学校時代からのたった一人の親友、女流文学者豊村女史にある時、小初は水中の世界の荒唐無稽《こうとうむけい》な歓びを、切れ切れの体験的な言葉で語った。すると友達はその感情に関係ある的確な文学的表現を紹介《しょうかい》した。

[#ここから2字下げ]
クッションというなら全部クッションだ。
羽根布団《はねぶとん》というなら全部羽根布団だ。
だが、水の中は、溶《と》けて自由な
もっといいもの――愛。
跳《は》ねて破れず、爪|割《さ》いて
掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》らりょうか――愛。
それで海豚《イルカ》は眼を細めている。
一生、陸に上らぬ。

前へ 次へ
全41ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング