上半をかげらせ大きな尻下《しりさが》りの眼《め》が少し野獣《やじゅう》じみて光った。
 額に翳した右の手先と、左の腰盤《ようばん》に当てた左の手首の釣合《つりあ》いが、いつも天候を気にしている職業人のみがする男型のポーズを小初にとらせた。中柄《ちゅうがら》で肉の締《しま》っているこの女水泳教師の薄《うす》い水着下の腹輪の肉はまだ充分《じゅうぶん》発達しない寂《さび》しさを見せてはいるが、腰《こし》の骨盤は蜂《はち》型にやや大きい。そこに母性的の威容《いよう》と逞《たく》ましい闘志《とうし》とを潜《ひそ》ましている。
 蒼空《あおぞら》は培養硝子《ばいようガラス》を上から冠《かぶ》せたように張り切ったまま、温気《うんき》を籠《こも》らせ、界隈《かいわい》一面の青蘆《あおあし》の洲《す》はところどころ弱々しく戦《おのの》いている。ほんの局部的な風である。大たい鬱結《うっけつ》した暑気の天地だ。荒川《あらかわ》放水路が北方から東南へ向けまず二筋になり、葛西川《かさいがわ》橋の下から一本の大幅《おおはば》の動きとなって、河口を海へ融《と》かしている。
「何という判《わか》らない陽気だろう」
 
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