さんは風邪をひくわい」と兼々《かねがね》気まづかつた親類の一人が、わざと聞えよがしの陰口をきいた。いつもの宗右衛門が、かつと怒るかはりに、成程《なるほど》と思考して死体のまはりの空所に色々なものを詰めてやつた。いつの間にかお辻が丹念に蓄へて置いた珊瑚《さんご》の根掛けや珠珍の煙草《たばこ》入れ、大切に掛け惜《おし》んでゐた縞縮緬《しまちりめん》の丹前、娘達の別れがたみの人形、宗右衛門自身が江戸の或る大名家老から頂戴《ちょうだい》した羽二重《はぶたえ》の褥《しとね》が紅白二枚、死出の旅路をひとりで辿《たど》るお辻の小さな足にも殊更《ことさら》に絹|足袋《たび》を作つて穿《は》かせ、穿きかへまでも一足添へた。宗右衛門は俄《にわ》か覚えの念仏をぶつぶつ口のなかで唱へながら、何もかにも手伝つてやつた。するとまた「お旦那《だんな》も我《が》が折れた。お嬢さん達があんなになりなさつて気が弱つたからだ。」と、どこかで奉公人達が、ひそひそ言ふけはひもしたが(俺はもう誰にも何にも言はぬぞ)観念すれば何事にも意志の強い自分であることを宗右衛門は知つてゐた。そして、それがまた何となく淋《さび》しいやうにも感
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