じられて、棺を見つめてゐた眼をしばたゝいた。そのまゝ何もかも黙つてお辻の棺について寺へ来たのである。
 宗右衛門は軽い眩暈《めまい》を感じて眼を閉ぢた。何か哀願するやうなお辻の声が何処《どこ》かでした。それから、また、閉ぢた瞼《まぶた》の裏にまざ/\と二人の娘の跛《びっこ》姿が描かれるのであつた。宗右衛門は首をひとつ強く振つて、それをかき消さうとするのであつたが、却《かえ》つて場面を廻転したいまはしいシーンが、はつきりとあとへ描き出されるのであつた。やはりお辻の棺がまだ寺へ来ぬまへのことであつた。いよ/\家の奥座敷から、それを出さうとする時であつた。幾度も人の尠《すく》ない時を見計らつてはお辻の死床に名残《なごり》をおしみに来た二人の娘が、最後に揃《そろ》つて庭を隔てた離れ家《や》から出て来た。その時は如何《いか》に憚《はばか》らうにも人は棺の前後にあふれ、座敷の上下に渦をなしてゐた。低声ではあつたが、今まで何となくざわざわしてゐた人々の声が、俄《にわ》かに静まつた。宗右衛門もふと奥庭の奥深くへ眼をやつた。白無垢《しろむく》のお小夜とお里が、今、花のまばらな梔《くちなし》の陰から出てつ
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