ちやけた本堂の畳敷の真中に置かれて、ます/\豊かに立派に見えた。宗右衛門は正座に据《すわ》つて自分のこの土地に於ける勢力を象徴するものゝやうに、本堂もひしめくばかり集つた大勢の会葬者の群を見廻した。そしてあらためてまたお辻の棺に眼をやつた。その中に横《よこた》はる蒼《あお》く萎《しな》びたお辻の死体……彼は、小さくても肉付きのよい顔かたちの人並すぐれてよく整つてゐた若い頃のお辻が、いつの間にか年をとつて、こんなに蒼く萎びたかと、納棺前のお辻の死体の傍で感じたことを思ひ出した。彼はそのとき、ろく/\妻の姿かたちさへ心にとめないで何十年間稼いで稼ぎ抜いた自分が、何となくあさましく思はれたのであつた。
 二人の娘を飾るための衣装の費用よりほか――それだけはむしろ宗右衛門自身が進んで出したがる費用でもあつた――何一つ出費の厳しい夫にねだつたこともないお辻の為めに、最後のお辻の衣装である棺を立派にしてやらうと、宗右衛門は思ひ付いたのであつた。角厚な檜《ひのき》材の寝棺をお辻の死体が二つほども這入《はい》れるくらゐ広く造つた。家の奥座敷でお辻の死体をそれに入れる時「出し惜しみが急に気張つたのでお辻
前へ 次へ
全38ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング