どうあつても彼は老師に話せなかつた。彼は老師に逢《あ》つて「打ち明けられぬ負担」を漸く感じ出した。
その負担をのがれる為めと、やゝもすれば身辺に近づいて来る画像の誘惑から遠ざかる為めと、もひとつ彼の思ひつきの為めに彼は翌年の春の初《はじめ》、寺のうしろの畑地の隅に居を移した。家からも老夫婦の飯炊きを呼んだ。畑地は宗右衛門の所有地であつた。おびたゞしい牡丹《ぼたん》の根を諸方から彼は集めた。遠方から植木師が来て泊り込み、村の百姓を代る代る手伝ひに雇つた。初夏となつて畑一ぱいに牡丹の花が咲き盛つた。村の者や、めつたに動じない老師まで眼を見張つた。宗右衛門の苦渋の底から微笑が浮んだ。彼は誰にともなく呟《つぶや》いた。
「仏様へ御供養《ごくよう》でございますぞい」
彼は、この上、やがて何事かの業因になるとも知れぬ我が家産を、斯《こ》んなにして散じて行くのにも幾らかの安心を持つた。
寺の周囲の他人の所有地が、次へ次へと驚くべき高価で宗右衛門に買ひ移されて行つた。
藤《ふじ》、あやめ、菊、蓮《はす》。桜も楓《かえで》も桃も、次ぎ次ぎに季節々々の盛りを見せた。寺の周囲を見事、極楽画の一部に象
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