と感ずるかと思へた。――二分、三分、五分……と、宗右衛門はかすかな身悶《みもだ》えと共に、壁画の前へ俯伏《うつぶ》してしまつた。彼の体中の精力が、あらゆる快感と恐怖とを伴なつて、何物にか強く引き絞られ、何処《どこ》かへ発散して行くと同時に、壁画は、一層、白昼の大胆な凜々《りり》しさと艶《なま》めきとの魅惑を拡大して、宗右衛門の眉間《みけん》に迫つて来たのであつた。
それ以来、二三日彼は、胸苦しい熱情にさいなまれて、ろく/\喰べも眠りもしなかつた。そしてそれが漸《ようや》く遠ざかつて行くと彼は腑脱《ふぬ》けのやうになつて行つた。彼は空《から》念仏を唱へながら、滅多《めった》に彼の部屋の外へ出ないため、俄《にわ》かに彼の部屋専用に付けさせた便所へ出入りするやうになつた。部屋では、大方黙りこくつて炉へ炭をくべてゐた。店から帳簿を持つて来る者にも、めつきりうるささうな様子を見せるやうになつた。
老師の部屋へも彼は殆《ほとん》ど行かなくなつた。老師は却《かえ》つて時々、彼の容子《ようす》を怪《あやし》んで見舞つて来た。が、彼は言葉すくなに炉へ炭をくべてゐた。彼の最近の一つの恥に就いては、
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