つ》の頬《ほお》を感じ初めた。追々、眉《まゆ》を、唇を、鼻を、額《ひたい》を、丸くなだらかな肩の線を、魅惑を湛《たた》へた着物のひだ[#「ひだ」に傍点]を――そして彼の胸は、浅ましくかき乱れて行くばかりであつた。或る日彼が企《くわだ》てた冒険は、たゞ成功しなかつたばかりでなく、殆《ほとん》ど彼を無援の谷に打ち込んだ。
彼は寺の掃除|婆《ばば》に命じて、画像の前の窓障子《まどしょうじ》をすつかり解放させ、四方を清浄に掃除させて置いた。彼は自分の身をもよく冷水で拭《ふ》き清めた。そしてわざ/\自宅から取り寄せた新らしい肌着を着済ました。
かげろふも立ち添ふ暖かく晴れた冬の日の正午過であつた。彼は、はつきりと眼を見開いて静《しずか》に女菩薩画像に近づいた。
(はつきり見よ。白日の明光の中にはつきり見て迷夢を醒《さ》ませよ)
彼は自分の心に厳しく命じた。しん、とした此《こ》の光線の落ち著《つ》きのなかに、穏やかに明るく画像は彼の前に展けた。彼はその前面二尺ばかりに歩を止めて、おもむろに画像を見上げ見下ろした。
案外な心安さ、そして、爽《さわ》やかな微風が、面《おもて》を払つて、胸も広々
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