なうら[#「うら」に傍点]寂しい、そして何処《どこ》か愛嬌《あいきょう》ぶかいお作といふ小娘を見出《みいだ》したこともあつた。が、前者は家が乱れはせぬかといふ打算的|杞憂《きゆう》から、後者は、例の彼の矜持《きょうじ》が、彼を逐々、何の間違ひもないうちに引きとめた。お作は、倉のみすぼらしい米搗《こめつき》男の娘であつた。
思へば、彼の長い一生の過ぎ来《こ》しかたに、彼が本当に心身の慾情の満足と愛敬とを籠《こ》めた恍惚《こうこつ》にひたすらひざまついた女性は一人としてなかつた。宗右衛門は悲しかつた。彼の長い一生に一度も生きた女性に費《ついや》さなかつた恋の魅惑を、この老来の而《しか》も斯《こ》うした悲惨な境遇の今、手にもとられず、声も聞き得ぬ一片の画像の女菩薩《にょぼさつ》に徴されようとは。
(これも何かの業因からかな)
宗右衛門は眼を閉ぢて、なほ深々と、くらやみのなかへうづくまつた。
その時以来、宗右衛門は、なるたけ女菩薩の前を通るまいとした。が、一日に二度や三度は必ず通らなければ、宗右衛門のこの寺|棲《ずま》ひの自由は絶対に取り上げられてしまふのであつた。で、宗右衛門は窮屈
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