びゃくごう》の光に反映せられ、反《かえ》つて艶冶《えんや》を増す為めか、或ひはそれ等の部分部分にことさら丹念に女人の情を潜ませてあるのか、兎《と》に角《かく》、彼は今まで如何《いか》なる名匠の美人画にも単なる艶冶や嬌態《きょうたい》を示したものに、これほど心を引かれたことはなかつた。清浄を湛《たた》へて艶冶ははじめてまことに生き、ます/\嬌色は深まるものであらうか――。
 沈み切つた暮色のなかに、この女菩薩像が愈々《いよいよ》生きて宗右衛門に迫つた。丸い肩から流れる線の末端を留めて花弁を揃《そろ》へたやうな――それも自然に薄紅の肉色を思はせる指、なよやかな下半身に打ちなびく羅衣《らい》の襞《ひだ》の、そのひとつ/\の陰にも言ひ知れぬ濃情を潜めてゐるのであつた。宗右衛門のその時の性慾は、単なる肉体の劣情ばかりではなかつた。彼が曾《か》つて、殆《ほとん》ど感じたことのなかつた、求めても得られず、また求めようともしなかつた女性への思慕――彼は胸元をひきしぼられるやうな甘い悲哀にだん/\ひたつて行つた。彼は其処《そこ》へひざまづいた。生来、始めて感じた神秘的な恍惚《こうこつ》に彼は陥つてゐた。
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