参する日々の出納《すいとう》帳もあまり身にしみては見なかつた。極々まれに、こわごわ娘達の様子を聞くことはあつた。しかし番頭はじめ店の者も誰も、あまり詳しくは話さなかつた。事実、娘達の消息は、店へあまり詳しく判らないのであつた。たゞ、達者でゐることだけは判つた。宗右衛門はその度に何かいま/\しいやうな気がした。が、またほつと安心もした。
宗右衛門が寺へ来てから直《じ》きに彼は一つの困難に突き当つた。納所部屋から庫裡《くり》へ続くところの一間の壁の壁画に、いつ誰の手に成つたとも知れぬ女菩薩《にょぼさつ》の画像があつた。或日《あるひ》秋の日暮れがたであつた。宗右衛門は、すつかりそれに見惚《みと》れて佇《たちどま》つてゐた。その女菩薩が妙に宗右衛門の性慾を刺戟《しげき》したのであつた。女菩薩の画像は等身大であつた。何者が斯《こ》うまで巧妙に描いたものか。そのふくよかな頬《ほお》、なよやかな鼻、しまり過ぎぬ細い唇。半開の眼が海の潮の一片のやうなうるみ[#「うるみ」に傍点]を籠《こ》めて長く引かれ、素直にそれに添つた薄墨の眉毛《まゆげ》の情深さ。それ等《ら》は丸味を帯びた広い額《ひたい》の白毫《
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