が納得出来ないと同じように自分にも満足が行かなかった。
智子はこれと同じ場合に置かれている自分を知ってはらはらと涙を流した。
「今にだんだんだんだん色々なこと分るようにして上げますわ」
智子は心に絶望に近いものを感じながら、こんなお座なりを云ったことが肌寒いように感じられて夫の方を今更ながら振り返った。悲しみをじっと堪えるように体を固くしている夫の姿が火の下で半身空虚の世界を覗いている様に見えた。
智子は、だんだん眼開きの世界の現象を夫に語るのを遠慮し始めた。夫は其処から始めのうちの歓喜とは反対に追々焦燥と悩みをばかり受け取るようになった。鳥や虫や花の模型を土で拡大して造らせることも控え勝ちになった。夫は仕舞いには撫《な》でて見るその虫の這う処、その鳥類の飛躍する様子――もっと困ったことにはふだん按撫によってばかり知っている愛する智子の姿勢の歩行する動作までがはっきり見度い念願に駆られて来た。
智子は危機の来たのを感じた。智識を与えるほどその体験が無いために疑いや僻《ひがみ》を増して来る。闇に住む人間と明るみに住む人間との矛盾と反撥、そしてその矛盾や反撥には愛という粘り強い糸が
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