縦横に絡《から》んでいるだけに一層仕末が悪いことである。智子はこういうときにこそ夫婦情死というものが起るのだろうと思ってますます肌寒い思いがした。
智子が必死の思案の果てに思極めたことは――智子がなまじ自分の智能を過信して夫を眼開きの世界へ連れて来ようとした無理を撤回《てっかい》することだった。夫を本来の盲目の国に返し自分は眼開きの国に生きて周囲から守ること――つまり盲人本来の性能に適する触覚か聴覚の世界へ夫を突き進ませて其処から改めて人生の意義も歓喜も受け取らせる事であった。
梅の樹に梅の花咲くことわりをまことに知るはたはやすからず(岡本かの子詠)
十何年後琴曲界の一方の大家として名を成した北田三木雄の妻智子は昔から盲人が琴曲界に名を成したりするのをあまり単純な道のように考えていた自分を振り返って恥じる日があった。誰もがいつの間にか行く常道、その平凡こそなまじ一個人の計《はから》いより何程かまさった真理を包含しているものなのだろうということを自分自身に感得した智子であった。
底本:「岡本かの子全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年6月24日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第二卷」冬樹社
1974(昭和49)年6月30日初版第1刷
初出:「むらさき」
1937(昭和12)年1月号
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2010年1月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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