と同じ炬燵にいた室子は、この光景を見て、何とも仕様のない、人間の不如意の思いが胸に浸み入った。
 だが暫くすると蓑吉は、また今度は、ちょっとお咲の顔を見ては、やっぱり、菓子袋へ手を出していた。
 そうかと云って室子の見る蓑吉は、手の中の珠のように可愛がる室子の両親に特になつくという訳でもなかった。何か一人で工夫して、一人で梯子《はしご》段の下で、遊んでいるような子供だった。

 寮では、今朝、子供の食べるような菓子は切らしていた。だが蓑吉は一わたり玩具をいじり廻して仕舞うと鼻声になり
「何か呉れない。お菓子」
 と立上って来た。
 室子は仕方なく蓑吉を膝に凭《もた》せながら、午前九時頃の明るさを見せて来た隅田川の河づらを覗いた。
「蓑ちゃん、長命寺のさくら餅《もち》屋知ってる」
「ああ知ってるよ。向う河岸《がし》の公園出てすぐだろ」
「じゃ、一人で白鬚《しらひげ》の渡し渡って買ってらっしゃい。行ける?」
 蓑吉は、この冒険旅行に異常な情熱を沸かしたらしい。いきなり室子の膝から離れると
「行けなくってえ――あんなとこ」
 捌《さば》けた下町っ子らしい気魄を見せた。
 実母にさえ、あんな傲
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