慢なこの子に案外弱気なところがある。室子はそこを一寸突いても見たかった。何か、悄然《しょうぜん》としたあわれ[#「あわれ」に傍点]さをこの子から感じたかった。
だが、女中に銀貨と小銭を貰って出て行く蓑吉の後姿を見送り乍ら、室子は急に不憫になった。だが口では冗談らしく
「蓑ちゃん。船から落っこっても、大丈夫ね、犬掻き位は出来るわね」
蓑吉はもう、行手に心を蒐《あつ》めていた。で
「なんだい、河じゅうみんな泳げら」
爺やの直す下駄《げた》を穿《は》いて出かけて行く蓑吉のあとから、爺やはあははと笑った。
室子は手早く漕艇用のスポーツ・シャツに着換えた。
逞ましい四肢が、直接に外気に触れると、彼女の世界が変った。それは新しい世界のようでもあり、懐《なつか》しい故郷のようでもあった。肉体と自然の間には、人間の何物も介在しなかった。
室子は、寮の脇の藤棚を天井にした細い引き堀へと苔の石段を下った。室子はスカールの覆《おお》い布を除《と》って、レールの端を頭で柔かく受けとめた。両手でリガーを支えてバランスに気を配りながら、巧《たくみ》に艇身を廻転させつつ渚へ卸した。そのまま川に通ずる石垣
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