は本宅の茶の間の炬燵《こたつ》へちょこなんと這入《はい》って、しきりに戦争の絵本かなにかに見|耽《ふけ》っている。お咲が下町へ買物に来た序《ついで》だと云って見廻って来た。みやげの菓子袋を前に置いていつもの通り蓑吉の小さい耳のほとりで挨拶した。本に気を取られている蓑吉はお咲に見向きもしないでそのまま本に気をとられている様子だった。だが、室子の母親が出て来て、も一度、菓子袋をお咲がその方へ「粗末なおみやげ」と云ってさし出した。紙袋がごそごそといって、蓑吉の傍へ余計近よると、蓑吉は手だけ延ばした。体はもとの炬燵の中のまま顔も本の方へ矢張り向いているのである。ただ手だけが小さい腕をぐうっと延して菓子袋に届き、蓑吉は上手に袋の口からなかの菓子を一つ握み出そうとした。
 お咲に妙な気持ちが込み上げた。
「こら、何です、この子は」
 お咲は、思わず地声で叫んだ。吃驚《びっくり》して実母を見た蓑吉の手は怯《おび》えにかじかんで、直ぐには蓑吉の体の方へさえ帰って行かなかった。お咲はすぐ傍に室子の母親のいるのに気付き、普段に戻って、からからと笑った。涙も襦袢《じゅばん》の袖口で一寸抑えて仕舞ったが、蓑吉
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