にもどかしそうに両手で脇腹を掻く仕草をしたあと、意気地の無い声を出した。
「姉ちゃんにみんな遣《や》んの嫌だあ」
それから蓑吉は人を賺《すか》すときの声を作って
「姉ちゃん、これ、いっち好いの、ひとつあげる」
セルロイドのちっぽけなお酌《しゃく》人形だった。
「あら、驚いた。あと、みんな、あんたのに取っちゃうの」
室子はわざと驚いた風をすると、女中がまたきゅうきゅうと笑う。蓑吉はもう大胆に取り澄して、分取ったおもちゃを並べるのに余念ない風をしている。
室子の父の妾の子である蓑吉は、乳離れするころ、郊外の妾の家から通油町の本宅へ引取られた。蓑吉は、実母である妾のお咲が時折実家へ来て「坊ちゃん」と云って自分に侍《かしず》いても、実母とはうすうす知っていながら別に何とも無い顔をしている。用をして貰うときには、室子の父母が呼ぶように、実母を「お咲、お咲」と平気で呼びつけにする。それで実母も何ともない性質の女で、はいはいと気さくに用事を足している。
室子は、案外その人情離れのしている母子風景が好きだった。
霙《みぞれ》で、電燈の灯もうるむかと思われるような暗鬱な冬の夕暮であった。蓑吉
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