も人柄なら、その技倆《ぎりょう》にも女の魂を底から揺り動かす魅力があった。室子がいくら焦《あせ》って漕いでも、相手の艇頭はぴたと同じところにある。恥かしさと嬉しさに、肉体は溶けて行くようだった。
 それだけ彼女には異常な圧迫感が加わる。今まで、自由で、独自で自然であった自分が手もなく擒《とりこ》にされるのだ。添えものにされ、食われ、没入されてしまうのだ。
 何と、うしろからバックされて行く自分の姿のみじめなことよ。今まで誇っていた技倆の覚束《おぼつか》ないことよ。自分の漕いで行く姿が、だんだん碕形になる事が、はっきり自分に意識される。
 二つの橋が、頭の上を夢の虹のように過ぎる。室子は疲れにへとへとになり、気が遠くなりながら、身も心も少女のようになって、後からの強い力に追われて行く――この追い方は只事《ただごと》では無い。愛の手の差し延べ、結婚の申込みでは無かろうか。カンとカンで動く水の上の作法として、このようなことも有り得るように思う。
 眼が眩《くら》んで来て星のようなものが左右へ散る。心臓は破れそうだ。泣いて取縋《とりすが》って哀訴したい気持ちが一ぱいだ。だが、青年の艇は大ような
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