大きな瞳といわず、胸、肩といわず、それは電気性のものとなって、びりびり彼女を取り込め、射竦《いすく》ますような雰囲気を放った。あの競漕の最中に、しばしば襲って来るあの辛いとも楽しいともいいようのない極限感が、たちまち彼女の心身を占めて、彼女を痺《しび》らす。彼女に生れて始めてこんな部分もあったかと思われる別な心臓の蓋《ふた》が開けられて、恥かしいとも生々しいともいいようのない不安な感じと一緒に其処《そこ》を相手から覗き込まれた。
彼女はうろたえた。咽喉《のど》だけで「あっ」といった。オールもまちまちに河下の方へ艇頭を向けると、下げ潮に乗って、逃げ出した。するとその艇も逃さず追って来た。ふだんから室子は結局のところは男に敵わないと思っていたが、この青年は抜群の腕と見えて、彼女の左舷の方に漕ぎ出ると、オールへ水の引掛け方も従容《しょうよう》と、室子の艇の、左舷の四分の一の辺へ、艇頭を定めると、ほとんど半メートルの差もなく漕ぎ連れて来る。その漕ぎ連れ方には愛の力が潜んでいて、それを少しずついたわりに変え、女を脅かさぬように気をつけながら大ように力を消費して行くかのようである。
青年の人柄
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