度船頭の掌の中の小銭を覗き込むだろう。あの子は多少ケチな性分だから――丁度その頃を見計らって、自分が知らん顔をして、艇を渡船と平行に、すいすい持って行く。それを発見したときの蓑吉の愕《おどろ》きと悦びはどんなだろう。あの「小さき者」は何というだろう。
 こんな子供っぽいことに、最大の情熱を持つ今の自分は、普通の女の情緒を、スポーツや勝負の激しさで擦り切ってしまったのかしらん。
 だが、何にしても子供は可愛ゆい。男は兎《と》に角《かく》、子供だけは持ち度いものだ――室子は、流れの鴎の翼と同じ律に櫂《かい》をフェーザーしては蓑吉を待っていた。

 堤を見詰めている室子の狭めた視野にも、一|艘《そう》のスカールが不自然な角度で自分の艇に近付いて来たことを感じた。彼女は「また源五郎かしらん」と思った。金魚や鮒の腹に食いつく源五郎虫のように、彼女達は水上で不良の男達の艇にねばられることがあった。彼女たち娘仲間の三四人は、これに「源五郎」と符牒《ふちょう》をつけていた。
 彼女がいま近づいて来た相手をくわしく観察する暇もない程素早く近寄って来たスカールの上の青年の気配が、彼女に異常に伝わった。その
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