》の裳にして福慈岳は厳かに、また莞爾《かんじ》として聳立《そびえた》っている。一たい伯母さんは幾つの性格を持っているのか知らん。
晴れた日は全山を玲瓏と人の眼に突付けて、瑕《きず》もあらば、看よ、看よと、いってるような度胸のよい山の姿である。曇った日は雪の帳《とばり》深く垂れ籠めて、臆した上にも病的な女が、人嫌いし出したようである。
くさぐさの山の変化を見経ぐり、見分けながら、女はまだ伯母の女神の姿に遇わない。弓矢を提《たずさ》えて来た弟は、郷国《くに》の常陸には見受けない鳥獣を猟ってその珍しさに日の過ぐるのを忘れていたが、それも飽きていうようになった。
「伯母さんなんかに遇ったってつまんないじゃないか、もう帰ろうよ」
部落の土民の間では、こういういい慣《ならわ》しがあった。「それはたぶん、女神が季節の変り目で、夏の化粧をされてるからだろう。でなければ厠《かわや》に上られてはこ[#「はこ」に傍点]されているからだろう」女神の化粧は自分で納得《なっとく》ゆくまで何遍でも仕代えさせられるので永い。女神の上厠は、はこ[#「はこ」に傍点]そのものよりも、うつらうつら物うち考えられるのでこ
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