れたにいしぼり[#「にいしぼり」に傍点]の高い匂いが、自分に絶望しかけて凡欲の心に還りつつある翁の眼や鼻から餓えた腸にかぐわしく染みた。
翁はから火を見ながらかさかさ乾いて亀縮《かじか》む掌を摩り合わせて「娘が子というものは」と考えた。
「手頃の育て方をして置くものだ」
と、これは口に出していった。
「あの娘は、あまり偉くなりすぎたよ」
口惜しさと悔いがぎざぎざと胸を噛んだ。
「あれじゃ、まるで取り付くしまもありはしない」
ふと、翁にふる郷の西国の山と山神が懐しまれた。あれ等のものにはつんもりとした、ちょうど愛の掌で撫で廻される手頃なものがある。それ等の山には背があれば必ず山隈や谷があった。そのようにこどもの山神たちにも秀でた性格の傍、叱りたしなめはするがそれによってまた憐れみがかかり懐き寄せられもする欠点なるものがあるのだったが。
この山の娘にはそれが無い。美しく偉いだけで親さえ親しめる隙が無さそうである。
「この娘を東国へ旅人の手に托《かず》けて送ったときの気持に戻って、いっそ、この娘を思い捨てるか。それにしてはこれだけになったものを、あまりに惜しい気もする。第一、山神の
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