》に散りかかって居る花片の間からところどころ延びた散髪に交《まじ》って立つ太い銀色の白髪《しらが》が午後の春陽に光って見えるのでありました。私はそれを見つけて見る見る憂鬱《ゆううつ》になってしまいました。私に附《つ》き添って居た者が気がついて私を診察室の方へ連れて這入《はい》ろうとした時に、廊下の突き当《あた》りの中庭を隔てた一棟の病房から、けたたましい狂女のあばれ狂《くる》う物音が聞《きこ》え始めました。茲にもたわわに咲きたわんだ桜の枝の重なる下――その病房の一つの窓が真黒く口を開けて居《お》りました。そこからかすかに覗《うかが》われる井の中の様《よう》な病房の奥に二人三人の人間の着物の袖《そで》か裾《すそ》かが白くちらちらと動いて見えました……私はあわてて目を逸《そ》らしました。あわてた視線が途惑《とまど》って、窓辺《まどべ》の桜に逸れました。私はぞっとしました。その桜の色の悽愴《せいそう》なのに。

 ずっと前の或《ある》夜、私は友の家の離れの茶室《ちゃしつ》に泊《とま》りました。私は夜中にふと目をさましました。戸の外を、桜|樹立《こだち》がぐるりと囲む……桜が……しんしんと咲き
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