の桜から受け始めました。無意味ににやにや笑うもの、天を仰《あお》いで合掌《がっしょう》するもの、襦袢《じゅばん》一つとなって、脱いだ着物を、うちかえしうちかえしては眺《なが》むるもの、髪をといたり束《たば》ねたりして小さな手鏡にうつし見るもの、附《つ》き添いに、おとなしく手をとられて常人のごとく安らかに芝生《しばふ》等の上を歩《あゆ》むもの、すべて老若《ろうにゃく》の男女《なんにょ》を合《あわ》せて十人近い患者の群《むれ》が、今しも、病房《びょうぼう》から昼餉《ひるげ》ののちの暫時《しばらく》を茲《ここ》へ遊歩に解放されて居るのだと分《わか》りました。桜花が、しっきりなしにそれらの上へ散りかかります。患者のうちのあるものは、うるさそうにそれを髪から払いのけ、あるものは手を振ってよけました。が多くは、細かい花びらが頬《ほお》を掠《かす》めて胸に入っても、一向《いっこう》無関心でありました。無関心が一層《いっそう》あわれを誘いました。私は、診察の順番を待つ間――一時間近く――うかうかとその場景《じょうけい》に見入って居《お》りました。先刻《せんこく》から、殊《こと》に私の眼をひいた一人の四
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