革《なめしがわ》の皮膚、鞣革の手の皮膚。その手がそこで急いで本ものの鞣皮の外套を脱ぐ。
苦学の泥の跳ねあとを棘の舌ですっかり嘗めてしまった猫のような青年紳士は蜘蛛《くも》の糸の研究者で内地レントゲン器械製造会社との密約者。
眩しいような白と萌黄《もえぎ》の午前服で男を圧迫しながらマーガレットは爪磨きをして二日目の彫刻的な指先で甘える。
「そのトーストを一枚、苺《いちご》のジャムを塗ってね」
男の忠実に働く手とカフスが六つばかりの銀器に映る。
庭の桜と梨の花が息を詰めて覗く。蒼空を下から持上げようと薔薇色の雲が地平から頭を押し出して見たが重くて駄目。
「こんどは、マルマレードを塗って一枚ね」
承知した男の忠実さとエリザベス朝式の銀器に手とカフスを映すことは前とちっとも変らない。どこかでフォルクダンスのレコードがこどもの靴先に挑みかける間拍子の弾み切ったのが聞える。男は両鬢《りょうびん》の肉と耳を少し動かして聞く。
もう一枚、同じくマルマレードをつけて、もう一枚、もう一枚、もう一枚――マーガレットは男に取って貰って六枚まで喰べた。だが七枚目は
「半分」
と云った。
このとき
前へ
次へ
全25ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング