多少の特性《キャラクテール》を認めないこともない。
 一人には、あの旦那様。
 一人には、ちょっと旦那様。
 一人には、恐れ入りますが旦那様。
 一人には、いらっしゃいますか旦那様。
 一人には、ただ旦那様。
と呼んだ。
 主人の一人は洗濯物を女に出す。すると他の四人の主人も洗濯物を出す。機会均等。利権等分。彼等には独身もののサラリーマンらしい可憐な経済観念があった。
 洗濯ものは五つ一様にきれいには洗えなかった。かけて干したシャツの袖に山査子の赤黄ろい実の色がこすりついたまま畳まれるようなこともあった。これを見つけた持主の主人は口を尖らして女を叱った。
 すると他の四人も損をしまいと口を尖らして女を叱った。
 叱られた女は、ここに於て主人を恨むべく――
「だが五人を恨むことは――」
 と女は思った。
「わたしらのような女には五人も一度に人を恨むことは出来ない。そういうように心が出来て居ない。やっぱり仇《かたき》を一人にして恨みを突き詰めて行かなければ……で、恨むのは、どの旦那様にしよう」
 思い迷った女は八つ口から赤い手を出したまま裏口に立った。
 そこに指で押しながら考えをまとめる
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